大判例

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千葉地方裁判所 昭和58年(行ウ)2号

原告

甲野一郎

右特別代理人

鈴木仁植こと宋仁植

被告

船橋労働基準監督署長三倉好三

右指定代理人

窪田守雄

右同

吉田克己

右同

堀千紘

右同

西堀英夫

右同

佐藤鉄雄

右同

山畠賢造

右同

山岡秀博

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五五年九月一一日付けでなした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しないとの処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、千葉県船橋市栄町一丁目二五番一号所在の訴外東洋電業株式会社(以下「東洋電業」という。)に勤務していた者であるところ、昭和五二年七月一八日東洋電業において玉掛け作業に従事中、左足骨折及び前歯二本欠損等の傷害を負った。

2  そのため原告は、昭和五二年七月一八日船橋市所在の訴外渡辺病院に入院して治療を受け、昭和五三年七月一一日からは千葉県市原市所在の訴外千葉労災病院に通院して治療を受けた後、岩手県釜石市所在の訴外釜石病院に通院して治療を受けていたところ、急に発熱して、頭が痛くなり、うわ言を言うようになって、異常な興奮状態に陥った。

原告は、直ちに釜石市所在の訴外釜石精神病院において診察を受け、その傷病名を心因反応と診断されたが、この心因反応は、前記1の業務上の負傷に起因するものであった。

3  そこで、原告は、昭和五五年四月三日被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)所定の規定に基づいて、業務上疾病再発認定の申請をするとともに、休業補償給付支給の申請をした。

4  ところが、被告は、原告に対し、昭和五五年九月一一日付けをもって、その申請に係る休業補償給付の不支給決定(以下「本件処分」という。)をした。

5  原告は、本件処分に不服があったので、労災保険法所定の規定に基づき、審査請求及び再審査請求をしたが、いずれも請求を棄却された。

6  よって、原告は、被告に対し、本件処分を取り消すことを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  1の事実を認める。

2  2のうち、原告が渡辺病院に入院して治療を受け、千葉労災病院及び釜石病院にそれぞれ通院して治療を受け、釜石精神病院において心因反応と診断された事実を認めるが、原告主張の心因反応が原告主張の業務上の負傷に起因するものであったとの事実を否認する。

3  3の事実を認める。

4  4の事実を認める。

5  5の事実を認める。

三  被告の主張

1  原告は、「心因反応(外傷神経症ないしは賠償神経症)」に罹患していない。

(一) 診療録によれば、原告は、昭和五四年三月一四日から昭和五八年五月一三日までの約四年二か月間釜石精神病院に通院したというのであるが、この間右病院の訴外浜田正夫医師(以下「浜田医師」という。)と面接したのは初診日のほか、わずかに五回で、しかも神経症の原則的な治療方法である、医師と患者の面接対話を不可欠の条件とする精神療法がとられたかは極めて疑わしく、原告が神経症に罹患しているとの事実は疑わしい。

(二) 原告に対しては、初診日からPZC、プロピタン、アネキトン及びベレルガルの四種の薬品が継続投与されているが、これらの薬品のうち、PZC、プロピタン及びアネキトンは主として精神分裂病の治療薬である。

(三) 神経症患者は、病識が明らかで、疾病の根幹に不安が存在しているため医師の治療に不足感を抱き、必要以上に通院したり、薬の服用を怠らないという傾向が認められるのに、原告は、前記のとおり通院回数が極めて少なく、薬の服用をしばしば中断している。

(四) 釜石精神病院における原告の性向及び症状の所見からしても、原告には神経症ではない他の精神病の存在がうかがわれる。

2  原告の疾病と業務との間には業務起因性がない。

(一) 業務起因性があるというためには、業務と疾病との間に相当因果関係がなくてはならず、相当因果関係があるというためには、他に競合する原因があっても、その業務が相対的に有力な原因であれば足りるが、業務がその疾病の単なる条件にすぎない場合には、両者の間の因果関係は否定される。仮に原告がその主張に係る心因反応若しくは神経症に罹患しているとしても、神経症の発症は患者の生来の素質と生活史のごく早い時期に形成された神経症的パーソナリティに大きく依存しているのであって、たとえ本件外傷が発症の近因ないし誘因となったとしても、それはせいぜい神経症発症の条件若しくは引き金の役割を果たしたにすぎず、神経症発症の有力な原因になったとはいえない。

(二) また、原告の疾病が精神分裂病であるとすると、精神分裂病は、その発生原因が明瞭でなく、多くの原因が重なって発病するものであって、その中でもとりわけ遺伝的素質及び環境的要因が大きな役割をになっており、本件外傷のような近因的な心因がその発病に際して果たす役割は神経症に比べてもより小さいものであるから、業務との間の相当因果関係は否定されるべきである。

3  したがって、原告は、その主張に係る疾病に罹患していることが明らかでなく、更に、業務と疾病との間に業務起因性がないのであるから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1及び2の各事実をいずれも否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び3ないし5の各事実、原告が渡辺病院に入院して治療を受け、千葉労災病院及び釜石病院にそれぞれ通院して治療を受け、釜石精神病院において心因反応と診断された事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に(証拠略)、鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告(昭和三〇年二月一六日生)は、昭和五二年五月一〇日、東洋電業に有期工として採用され、同社の船橋工場第二製造部出荷係に配属された。

原告は、同年七月一八日午後四時五五分、同社船橋工場第二製造部第三棟出荷入口付近において、製品である鋼管を玉掛けし、走行クレーンにてトラックに積み込む作業に従事中、クレーンで捲き上げた吊荷のワイヤースリンギの状態が不安定であったため、吊荷が大きく移動して積荷に突き当たった際、吊荷の移動方向にいた原告は、吊荷と積荷との間にはさまれ、左大腿骨開放骨折、右大腿部挫創、前歯二本欠損の傷害を受けた。

東洋電業では原告の被った傷害を業務上の災害であると認め、原告は、労災保険法の規定に基づいて、被告から、受傷日の翌日の昭和五二年七月一九日から症状が固定して治癒と診断された昭和五四年六月五日までの間の休業補償給付及び同特別給付の支給を受けた。

また、原告は、治癒後における左大腿骨骨折による左膝関節機能障害の後遺障害について、昭和五四年七月二七日、障害等級一二級七号に該当すると認定され、被告から、労災保険法所定の障害補償及び同特別給付の支給を受けた。

ところが、原告は、昭和五五年四月三日被告に対し、「昭和五四年三月一三日ころから不眠症になり、正常とはいえない言葉を言ったりしたので、釜石精神病院に行き、診察を受けたところ、心因反応といわれ、その後恐ろしい夢をみたり、突然大きな声を発したり、独り言を言ったり、変な笑いをしたりして、精神不安定状態が断続的に起き、そのたびに医師にかかってきた。この症状は長期にわたる業務上のけがの療養生活が精神的に重い負担になったためである。」との理由で、業務上疾病再発認定の申請をするとともに、昭和五四年六月六日から昭和五五年三月三一日までの間の休業補償給付支給の申請をした。

これに対して被告は、昭和五五年九月一一日付けをもって、本件処分をした。原告は、これを不服として、千葉労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、昭和五六年四月一〇日付けをもってこれを棄却する旨の決定をなし、更に原告は、右決定を不服として、同年六月三日労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五七年一二月二一日付けをもって請求棄却の裁決をした。

2  原告は、前記負傷後、昭和五二年七月一八日から渡辺病院に入院(同年一二月二五日まで)及び通院(昭和五三年七月一〇日まで)して右大腿部創縫合、左大腿骨接骨手術、マッサージ、歩行練習、低周波治療等を受けたが、左膝の屈折が殆どできなかったので、同月一一日から千葉労災病院に入院(同年九月中旬まで)及び通院(昭和五四年一月一八日まで)して、大腿骨骨折後の膝関節拘縮に対しての機能訓練を受け、それは九〇度まで屈折可能となった。しかし、原告は、渡辺病院と千葉労災病院のいずれにおいても、原告の頭部に傷害があるとか、精神に異常な症状があるなどと指摘されたことはなかった。

原告は、東京歯科大学市川病院で前歯二本の欠損について治療を受けた後、住居のある岩手県釜石市での療養を希望し、昭和五四年一月一九日から同年六月五日まで釜石病院において左膝関節拘縮、左大腿骨骨折の傷病名でリハビリテーションを受け、同年六月五日をもってその症状が固定したと診断された。

3  原告には、昭和五三年の秋ころから、当時住んでいた東洋電業の社員寮の便所の下駄を下駄箱から出したり入れたり繰り返すなどの不穏な言動がみられ、昭和五四年一月ころからは、「頭が痛い」と言って、自分の頭を叩いたり、「のろわれている」と盛んに言ったりして、睡眠不良の状態となっていたが、原告は、同年三月一三日に突然興奮状態に陥り、これまで飲んだこともなかった酒を飲んで、「のろわれているようだ」などと口走り、回りの物を蹴飛ばしたりして、殆ど眠らないようになったため、原告の父は、同月一四日、原告を釜石精神病院に連れて行き、浜田医師の診察を受けさせた。

浜田医師は、初診時において、「表情が不愛相な他は、態度も自然で、応答も比較的滑らかであり、左膝関節の屈曲にやや障害があって、左上腿が萎縮してしている他特に身体的に異常所見はない。」と診断した。そのため浜田医師は、原告に薬物療法を施すこととし、同日から原告に対し、PZC、アキネトン、ベンザリーを投与した。その後原告は、在宅のまま、浜田医師の処方による薬品を服用し続けていたが、昭和五八年五月一三日までの間にみずから釜石精神病院に出頭して浜田医師の診察を受けたのは、昭和五四年四月二日、昭和五五年一月一〇日、同年二月八日、同年一一月二〇日だけであり、その他は原告の父又は母が、随時同病院の浜田医師を訪問して、原告の症状を説明し、浜田医師から前記薬品のほか、プロピタン、ベレルガルなどを受けとって、これを原告に服用させていた。

原告は、その後自宅において、うわ言を言ったり、普段静かにしていながら、突然「俺の声でない神の声だ」と言って大声を出したり、「山のような屍骸の夢のように恐い夢をみる」と言って不眠に陥ったり、夜寝ている時にいきなり起きて、「おっかない」といったり、独り言を言ったり、突然笑い出したりするような言動を示した。

浜田医師は、昭和五六年七月一六日ころまでに、原告の傷病名について、「左大腿部の機能障害が原因となってもたらされた心因反応(疾病因性神経症ともいえる)」であると診断した。

4  ところで、神経症か精神分裂病かの鑑別は、とりわけその境界例において困難であるが、その鑑別点としては、神経症では病識や治療意欲が十分にあり、表情や態度は自然でかつ滑らかで、訴えの内容も普通のものであるのに対して、精神分裂病では、病識や治療意欲がなく、表情や態度が固く、訴えの内容も奇異なものである点を挙げることができる。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の諸点を考慮に入れて、浜田医師の行った原告への治療内容を検討すると、まず、同医師の治療した四年二か月の間、患者たる原告自身が来院したのは前記のとおり、わずか四回に過ぎないことは患者本人の明確な病識の存在を疑わしめるばかりか、医師と患者本人とが直接面接して行う精神療法が原告には殆ど施されていないことを物語っている。また、同医師のカルテの記載上に見られる原告の症状(「神の声だ」、「のろわれている」との言葉、「山のような屍骸の夢」及び突然の笑い等)は、神経症にみられるパーソナリティ面における特性(偏り)というよりは、むしろ、精神分裂病にみられる幻覚、妄想、作為体験等に類似していると考えられる。更に、浜田医師の投薬内容は前記のとおりであるところ、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認める(証拠略)によれば、ベレルガルは神経症に適応するものであるが、PZC、プロピタンは精神分裂病に適応し、またアキネトンは特発性パーキンソニズム、向精神薬投与によるパーキンソニズム等に適応することが認められ、これに反する証拠はない。右事実によれば、浜田医師の投薬内容はむしろ精神分裂病に対する薬物療法に近似するといって差し支えない。

以上の点に鑑みれば、浜田医師の「心因反応」との診断と治療内容には重大な齟齬があるといわざるをえないから、その「心因反応」との診断は採用できないものである。

右の検討内容(浜田医師の診療内容がむしろ精神分裂病に対するものといえること)に、原告は当時二〇歳台前半で精神分裂病の発病し易いとされる青年期であったこと、(証拠略)によれば、原告は元来内気、小心、おとなしい、無口等の内向的な性格で、前記東洋電業在職中も、殆ど父親と行動を共にし、父親を頼り切っていたことが認められ、右事実によれば、原告の病前性格は内向性で精神分裂病と親和する性格と認められること及び鑑定人は原告が昭和五三年秋以来現在に至る迄精神分裂病であると判定していることを総合して考えれば、原告は、神経症というよりはむしろ精神分裂病に罹患しているというのが相当である。

二  業務起因性について

右に認定したとおり、原告は、昭和五三年秋ころから精神分裂病に罹患しているものと認めることができるが、(証拠略)及び鑑定の結果によれば、精神分裂病は内因性精神病の代表であり、遺伝、体質的影響を受けることは証明されているものの、その真の原因は未だ解明されておらず、今日では決定的な一つの原因で発病するのではなくて、精神分裂病を起こしやすい素因と精神的誘因とがからみあうなど多くの原因が重なって発病するものと考えられており、精神的誘因として作用するものとしては、例えば家族の離別、進学、就職、結婚など患者の自我をゆるがせるような体験があり、将来の生活に対する不安もこれらと同視することができるのであるが、負傷によるショックが誘因となる例はそれほど多くない事実を認めることができる。

一般に業務起因性があるというためには、業務と疾病との間に相当因果関係がなければならず、相当因果関係があるといいうるためには、業務が疾病の条件となっただけでは足りず、最有力な原因である必要はないものの、相対的な関係において有力な原因であることを要するものというべきところ、前記のとおり、原告の精神分裂病の発病は負傷後約一年を経過してからのものであること、精神分裂病一般において負傷によるショックが誘因となる例はそれほど多くないことからすると、本件事故における負傷のショックと原告の精神分裂病の発病との間に相当因果関係があるものと認めるのは相当でない。次に、本件事故による負傷に基づく原告の将来の生活に対する不安が原告の右発病の動機又は誘因となったとの可能性も否定できないが、前記のとおり、精神分裂病は素因と心因が複雑にからみあうなど多くの原因が重なって発生するものであることからすると、本件において、前記のような不安が専ら発病の動機となったとする明らかな証拠がない限り、原告自身にも精神分裂病に罹患する内因的な素因が潜在していて(前記のような病前性格等)、それが将来の生活に対する不安から刺激を受けて顕在化するに至ったものと認めるのが相当であり、右不安は精神分裂病の発病を誘発するに至った条件の一つになったものとはいえても、相対的な関係において分裂病の有力な原因になったものとまで認めることは相当でないから前記不安による発病の可能性の点を把えて、原告の従事した業務と原告の精神分裂病との間に相当因果関係があることを認めさせる原因に当たるものと認めるのも相当でない。

浜田医師はその意見書(<証拠略>)において、原告の症状を「心因反応」としたうえで、「原告が本件事故により怪我をしたため、将来どうなるかなどの不安感から不眠を来し、精神症状を示すに至ったのであるから、明らかに事故と因果関係がある」との判断を示しているが、その「心因反応」との診断が採用できないことは前述のとおりであるが、これを精神分裂病と置換えてみても、同医師の示す「不安→不眠→精神症状」との過程すなわち、原告の不安が発病の有力な動機となったことを裏付ける具体的な事実は、本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りないというべきである。なお、(証拠略)のうちには、「原告が本件事故直後の入院中、負傷部位への不安から一夜殆ど眠られなかったことがあり、その後入院した二人の同僚のうち一人が死亡したり、担当医が死亡した後、その死者や作業現場での恐ろしい場面をよく夢で見て、夜中に起きると朝まで眠れなかった」等の記述があるが、時期等が明らかではなく、かような事実が存在するとしても、未だ、これが発病への有力な動機となったことを証明するに足りない。

三  そうすると、原告の休業補償給付請求について、原告主張の傷害が業務災害に当たるとは認められないとしてなした被告の本件処分は相当であり、本件処分には原告主張のような違法はない。したがって、原告の本訴請求は失当なものであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本壽美子 裁判官 小野洋一)

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